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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)1218号 判決

主文

理由

上告代理人河原太郎の上告理由一及び二について。

原審は、

(一)上告人らが昭和三九年三月被上告人との間に本件店舗の賃貸借契約を締結し、被上告人が上告人らに敷金三〇万円を差し入れたこと、

(二)上告人らが被上告人との間に同年三月三一日岡山簡易裁判所において、同庁同年(イ)第四八号和解申立事件につき即決和解をしたが、右和解条項第五項には「敷金は金三〇万円とし無利息とする。但し、期間満了した時は上告人らは被上告人に返還するものとする。」、同第六項は「当事者の一方において本契約に違反したときは、右敷金の三割を損害金として支払うこと。」、同第七項には「被上告人において店舗の改造、造作等をなすときは、上告人らの書面による同意を要し、店舗明渡しの時は前記設備造作等は現形のまま明渡すものとし、被上告人はこれに対し何らの権利の主張を上告人らに対しなさないものとす。」、同第八項には「被上告人において賃料の支払いを一回にても怠つたとき、本件店舗を他に転貸、権利の譲渡等をしたときは、上告人らは何ら通知催告等を要せず直ちに本件賃貸借契約を解除し、被上告人は上告人らに対し本件店舗を明渡すこと。」などと定めていること、

(三)上告人らと被上告人は昭和四一年四月末に本件店舗の賃貸借契約を合意解約し、被上告人は上告人らに対し本件店舗を明け渡したが、上告人らは被上告人に敷金を返還していないこと、の各事実を確定したうえ、被上告人は上告人らに対し、敷金返還債務の不履行により敷金の三割にあたる九万円の約定損害金債権を取得したと判示し、被上告人の附帯控訴のうち九万円とこれに対する昭和四一年五月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払請求を認容している。

しかし、金銭債務の履行を遅滞した場合の約定遅延損害金(民法四一九条一項但書)は、通常は利率で定められるのであつて、その遅滞の期間の長短にかかわらず一律に九万円と約定されるのは特異な例外的なものと考えられ、本件においても、上告人らが敷金三〇万円の返還を一日でも怠るときは損害金九万円を支払わねばならないというのは高額にすぎるし、また何十年間遅滞しても九万円で足りるということになると一日遅延の場合に比べて余りにも権衡を失する。更に、前記和解条項第五項但書によれば、敷金は期間満了の翌日返還すべきこととなるのであるが、特段の事情のないかぎり、当事者がそのように厳格に考えて一日遅滞の場合にも九万円という定額遅延損害金を予定していたと解するのは相当でない。

しかるに、原審は、被上告人において右のような特段の事情につき何らの主張・立証をしないにもかかわらず、被上告人が上告人らに対し、約定により九万円の損害金債権を取得したと認定判断したのは、本件和解条項の解釈及び適用に関し経験則に反し、ひいては理由不備、理由そごの違法があるものというべきであつて、この点の違法をいう論旨は、理由がある。したがつて、原判決中、被上告人の附帯控訴に基づき被上告人が上告人らに対し各自九万円及びこれに対する昭和四一年五月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を認容した部分は、破棄を免れない。

そして、上記の説示によれば、被上告人において前記のごとき特段の事情につき何ら主張・立証のない本件においては、被上告人の右九万円に関する本訴請求部分を棄却した第一審判決は正当であつて、右部分に関する被上告人の附帯控訴はこれを棄却すべきである。

同三について。

原審認定の事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。

(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)

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